2013年2月10日日曜日

その当時の答え

社会人1年目があっという間に過ぎ去ろうとしている。
学生生活と社会人生活(会社人生活)との違いは何だろうと考えて、
それは切り口の数だけあるのだろうけど、その一つに採点方式の違いを感じることがある。

これまでの生活は、ほとんどが自己採点で済まされていた。
学生時代に大好きだった「目標設定」は、各々の物差しで測られていて、
別に実現しなくとも検証されるわけでもなく、
学業の成績が悪かろうが就活を怠けようが、それを咎める人も家族くらいで、
自分で設定したハードルを自分で越えることに素直に喜びを感じられていた。

ところがどっこい、サラリーを頂いて仕事をしていると、
具体的に設定されたハードルが待ち構えていて、
それを越えたか越えないかを見極める厳しい判定員もセットでいる。
これは大変なことでも有難いことでもあって、
学生時代にはなかった「厳しさ」もあるけれど、
それを乗り越えることの「面白さ」も提供してくれているような気がする。


PCをいじっていたら、大学4年の最後のゼミの小レポートがでてきた。
大学生活を振り返って」というお題で。

ここで言う「相対化」も学生当時は自分の裁量で良かったのだけれど、
働き始めて、より限られた時間の中で必要な資源を投入して、
それを周りに評価されてという具合に、難易度が上がったようなイメージ。

なかなか学生時代の友人に会うことも少ないけれど、
下記のような(苦悩と言えるほど大そうなものではないけれど)
同じ時間を共有した人たちと、またいつか何かを共有していきたいとも思っていたり。。





◆大学4年間は、自分自身を相対化していくことの積み重ねだったように思う。
大学に入学する以前の18年間は、目の前に設定された「目標」があり、部活動や勉強に勤しむことへ疑問を抱く暇もなく日々を過ごしていた。大学に入学して、一人暮らしを始めたことで、まず生活面で自分を客観視する機会が訪れた。身の回りのことを自分で行うようになり、これまでの実家暮らしでは、如何に家族に依存をして生活していたのかを痛感させられた。また地元を離れたことにより、地元の友人や故郷が、代えのきかない唯一無二のものであることにも想いを馳せるようになった。
こうして、自分の置かれている環境について徐々に客観的に見つめられるようになった頃、次に訪れたのは自分自身の内面について相対化していくという発見であった。それは、友人のふとした「なぜ、政治家になりたいと思ったのか?」という至極単純な「問い」であった。それまでは、自分の過去を見つめながら現在にどう影響を及ぼしているのかという視点がなかったため、この瞬間を期に自分自身の過去を振り返ることで、現在の自分を見つめ直すという思考回路が開通した。更なる発見は、自分自身と他者を比較するようになったことであった。政策・情報 学生交流会に参加したことは、同世代の似たような環境にいる人間が自分とどういった違いがあるか気付かされる絶好の機会であった。同学年にもかかわらず、知識も経験も思考力も遥かに自分より上の次元にいる人々の存在は、今の自分に足りないものを見つける上では大きな参考材料となった。また、他大学の学生と交流することは、自分との比較だけでなく、大学間の違いを実感することもでき、千葉大学の強みや弱みを意識するきっかけにもなっていった。もう一つ重要な比較材料は、「社会」や「コミュニティ」といった集合体における自分の位置付けであった。それは、議員インターンや西千葉の商店街での活動を通して実感したことであり、自分と「社会」との関係性のなかで、何を達成したいのか、なにができるのかを考える契機となった。加えて、ゼミにおいては、持続可能性という現在と未来との比較という発見もあった。
自分自身の置かれている環境、自分自身の過去と現在、自分と似た環境にいる他者、自分と「社会」、現在の自分と未来の「社会」という比較材料を手にし、それらの存在との比較を繰り返してくことにより、自我を形成していくことが大学生活の大きな「成果」であった。これらとの比較のなかで、「人生を通じて何を達成したいのか」「大切にしたい人・価値観はなにか」「自分のやりたいことは必要とされていることなのか」「現状で自分に足りないものはなにか」といった具体的な発問があり、それらと自問自答することで「自分とは何者なのか」という究極的な問いへの回答に、少しは近づくに至った。これらの問いかけは、大学卒業後も延々と続き、更なる問いが浮かんでくるものであるだろう。自分以外の多方面からの問いかけに対して(問題発見)、悩みながらも自分自身で「答え」を出すこと(問題解決)が、総合政策を学んだ一つの意義になっていくものだと考える。



僕から以上。

2011年12月21日水曜日

プロフェッショナルとは



自分と向き合って
自分と格闘して
自問自答して
弱い自分に打ち克って
自分らしく生き続けることが自分に与えられた使命。
自分というかみんなですよね。
そういう意味では、俺はまだプロフェッショナルになれたのかどうか分かっていないというか。
自分の形が見えてきたのか何を始められそうなのか、
そしてそれらをずっと自分に打ち克っていくことで、
プロフェッショナルというものを続けていく。
自分の人生を通して続けていくもんなのかなって。


プロフェッショナル 仕事の流儀より
本田圭祐



これ以上付け加えることが失礼なほど
この繰り返しが、自分との向き合い方において重要なのではないか。
自問自答して悩んで弱い自分に打ち克っていく。
ええ、まさしく。





2011年12月12日月曜日

アラン『幸福論』

NHKの100分de名著シリーズ


11月はアラン『幸福論』だった。

幸福に対する考えは人それぞれで良いと思うので、あくまで参考程度に。
男性的な視点も多いなという印象でした。
(・~ は、幸福論に記されている言葉の引用です。)


本名:エミール=オーギュスト・シャルティエ

高校の教師として哲学を教える傍ら、
プロポ (propos)という哲学エッセイを新聞に寄稿していた。
その中から幸福をテーマにまとめられたものが『幸福論』である。



アランは、人は皆、自分のことを不幸だと思っているという前提に立ち、
・自分が幸福になることが世の中に対しても良いことだ。
と、幸福になることを徳とする一方、
不幸や不満に安住することを戒めていた。



1. 不幸にはどう対処すればよいか?


・自分の不幸の原因が自分にもあることもどこかで気づいている。気づいてながらも目を背けている。

・困難も不幸も本当の原因さえ分かれば、対処法はさほど難しいことではない。

・不幸には必ず原因がある。原因を冷静に見つめることで解決せよ。

・幸福の秘訣のひとつ、それは自分の不機嫌に対して無関心でいることだ。



幸福を手に入れる上で、精神と肉体は切り離せない
・気分に対抗するのは、判断力の役割ではない。そうではなく、姿勢を変えて適当な運動をしてみることだ。

・人は意志して伸びをしたり、故意にあくびをすることができる。それは不安や焦燥に対抗する最良の方法である。


休息、深呼吸、体操、あくび、微笑み
これらは幸福になるためにアランが勧めていた方法である。

それらの姿勢を表わしているのが、有名な一節


・幸せだから笑うのではない、笑うから幸せなのだ。


このように、アランは幸福に対して意欲しなければならないと説いている。



2. 幸福論における情念とは?

情念とは私たち自身であり、私たちを不幸に陥れるものである。
情念は想像の中で膨らんでいく私たちの感情。

自分の感情(=情念)とどう付き合っていくかが重要である。

情念に打ち克つには?
・情念は私そのものであるから逃げることはできない。それに対抗するには意志の力が必要だ。
・悲観主義は感情で、楽観主義は意志である。
・幸福になりたいと思ったら、そのために努力しなければならない。
・喜びは行動とともにやってくる


・人間は行動のない快楽よりも、行動に伴う困難の方を選ぶ。
・行動に没頭できること自体が幸福である。

困難を伴った「行動」そのものが重要であると、アランは説いている。
自分自身の情念に打ち克つには、
強い意志と、努力と、行動が必要である、と。




3. 人生の主役になれ
・幸せになりたい人は、観客ではなく舞台に上がらなくてはいけない。

・どんな職業も自分が導く限りは愉快だが、服従する限りは不愉快である。

・山頂まで登山電車で来た人は登山家と同じ太陽をみることは出来ない。

・ほしいものはすべてそこにある山のようなものだ、。
 わたしたちを待っており、決して逃げていきはしない。
 だからそれゆえ、よじ登らなくてはならない。

幸福とは、人から与えられるものではなく自ら掴みとることである。
・自分の中に幸福をもたない者は、その幸福を他人に与えることができない。




幸福に対して能動的な姿勢を強く求めた、
アランの『幸福論』は、哲学書でありながら実用書でもあった。




「幸福」という概念についても、「自由」と同じように
保障されるべきものであって、且つ獲得すべきものではないだろうか。

公的・共的に肉体の健康が保障がされる分野がある(社会保障として)
一方で、それと同時に
精神の健康に関しては、個人の努力が必要とされる。



「幸せは歩いてこない、だから歩いて行くんだね」
とは、端的に表わされたフレーズですね。



以上、参考までに。
僕から以上!

2011年12月7日水曜日

血の通っていない政策

12月4日(日)に京都で、
第7回政策系大学・大学院研究交流大会
http://www.consortium.or.jp/contents_detail.php?frmId=2015

に参加してきました。


京都市内・近郊に存在する10の大学が参加していて、
都市の抱える問題・課題を見つけ、
それを解決するための研究を行う学生・院生の研究発表の場
として2005年度より開催されています。

第28回政策・情報学生交流会で出会った友人が実行委員を務めていた縁で、今回はお邪魔しました。


当日は、口頭発表とパネル発表があり、
口頭発表を2つとパネルは一通り見て回ることが出来た。



こうした政策系の口頭発表のスタイルは


問題提起(なにがどう問題として起きているのか=問題定義)
  ↓
原因分析(なぜその問題が発生しているのか)
  ↓
解決策の提示(その問題を解決するためにはどうすればよいのか)


という論で進められていくのが一般的だ。
(論証の細かな部分については割愛します)



しかし、発表を聞いていても、どうも腑に落ちない。
恐らくそれは、表現は悪いが、
「口だけ」の政策案だという印象を受けてしまうからだと思う。


これは全くの私見であるが、
学生の論文発表の場において、
政策の実施主体が不明確であることがほとんどである。

これは学生が政策立案する際の弱点でもあって、

ビジコンの場合、ビジネスプランの実施主体は一人称と考えられていることが多いが、
(このプランをもとに起業してやるぞという熱意を感じる)
政策立案の場合、実施主体が国なのか自治体なのかNPOなのか企業なのか個人なのか、
そのあたりが考慮されずに理想像だけが掲げられて、発表終了というものが多く感じられる。

その対処法として、
一つは問題に対するアプローチ方法を限定せずに、
あらゆる実施主体からどのような解決策を洗い出すのも面白いと思う。
こういった立場の人からは、こうした解決が図れるという提案が
網羅的に発表されていれば、それは優れた政策案と言えるかもしれない。


しかし、ここで僕が書きたいのは、


実施主体に「私」をもっと盛り込むべきではないかという点だ。


この視点が入るだけで、政策案の実現可能性がぐっと上がると考える。
また、社会問題と「私」の接点が見えることで、
聞き手にとっても無関係な問題ではなく、身近に感じられる。

ビジコンの場合、考えたプランをもとに提案者が実際に起業したり、
プランが現実社会において実践されるケースが多いが、
政策コンテストや政策発表の場で提案された政策を、
これから「私」が実現させます!という意気込みを見かけることは、まずない。


ここで言う「私」とは、決して現時点の「私」だけではなく、
将来的な意味の「私」でも構わないが、
(この政策案をいつか、私が実現させますという決意表明)

問題提起をせっかく行い、困っている人達がいると言うのではあれば、
『「私」が解決させてみせます。』
と発表する人が出てきても良いのではと思った。


僕自身が政策系のワークショップを設計する際は、
当事者意識を持ってもらうことを念頭に考えていて、
「私」や「あなた」がキーワードとして頻繁に出現する。
第32回 政策・情報 学生交流会も、そういった想いのもとでの開催だった。


学生は、社会経験の少なさから、どうしても問題意識の醸成という部分が弱い。
それを補っていくために、社会問題と自分との接点を考えてみること、
ニュースで流れている「問題」に対して、
自分にはなにができるだろう?という視点を持つだけで、
社会に対する見え方や問題意識は相当変わってくるはずである。

千葉市の熊谷市長の講演を聞いた際に、
今日の朝起きてから、どんな場面で行政が関わっていたか想像してください
という問いを投げかけてくださったことがあった。

水道もトイレもゴミ出しも道路も信号もバスも電車も大学も
普段意識していないだけで、社会との接点は無数に存在する。


自分達が暮らす社会の中で、何ができる?と考えることや
政策案に「私」の視点を盛り込むこと、
ただの提案に終わらず、実現を見据えた政策案を考えること、
時間をかけて作成した論文に、最後にもう一つスパイスを足すことで、
血の通った政策案となる。少なくとも僕にはそう感じる。



その点、
第7回政策系大学・大学院研究交流大会の学生企画で
「防災から考える若者の地域参加」というワークショップは面白かったです。
学生は、地域のことを知りたい!
地域の人は、若者に地域に入ってきてもらいたい!
この両者の考えをうまく合わせるには、と考えさせられる時間でした。



かく言う前に、
「私」の視点を入れて、早く卒論を書きあげなければ。。



僕から以上。



2011年12月5日月曜日

WorldShift KOBEに参加して


12月3日(土)にWorldShift KOBEというイベントに参加してきました。

このイベントは、「学校」をモチーフにして、

「様々な垣根を超えて手と手を取り合って未来へ歩んでいこう」

という想いのもと、
ワークショップスペースや、カッコイイ大人たちのプレゼンテーションなど、
もう一度、自分自身やこれからの日本・世界を考える場として開催されました。

どのような現状を、どのような理想に変えていく(Shiftしていく)
という「意識の変化」がキーワードになっていて、イベントに参加する前から
自分にとってのShiftはなんだろう?と考えながら当日に臨んでいました。


プレゼンテーションの登壇者は、分野はそれぞれ異なるものの、
メッセージとして伝えている部分は共通しているものが多く、

・直線的な時間観から循環的・円環的な時間観へのShift
・自分自身や自然に目を向けることの重要性
・価値尺度を多様に持つことの重要性
・社会に貢献するという幸福感の重要性
・一人一人が世界を動かす意識を持つことの重要性
・自分の知らない世界を知ることの重要性

といったメッセージが投げかけられていました。


登壇者の方々は、活躍されている分野がそれぞれ違うため、
一見、共通性がないように思えても、
話を聞いていると、
「なにをしているか」の部分は異なっていても
「なにを考えているか」の部分はとても似ていた。

「である」ことから「する」ことへと移行してきた社会的な価値観が、
一部の人たちの間では「である」ことへと回帰しているのが、
率直に感じることのできる瞬間だった。


特に印象的だったのが、火起師の大西琢也さんの講演で、
火起という一見、自分達には無縁の世界にいるような大西さんが、
「火」という自然が生みだしたものをたとえに、
「科学」がつくりだした世界の論理が絶対的になっていることへ警鐘を鳴らしていた。



普段、私たちは「火起師」という言葉を見ただけで、
自分とは関係ないやと、自分の世界に取り込むことを拒絶してしまいがちである。
しかし、なにを「する」かのところで価値判断をするのではなく、
なにを考え、なにを伝えようとしているのかまで踏み行ってはじめて
価値を見出していく必要があるのではないかと、考えさせられた瞬間だった。


これからの世界になにが必要か、なにが大切か
そこに気づいている人は、メッセージを発信し続けている。
その見え方が異なるだけ、見えていないだけではないか。

なにをしているか、に騙されない目を養うこと、
なにを考えているか、に目を向けること、
このShiftへの意識と、精度を高めていくこと、
まだまだ追求していかなければならない部分だと感じたイベントであった。


「すること」への価値判断
       ↓
「であること」への価値判断


これが現時点での回答。

そして、「であること」の自分自身の考えを固めていくことと同時に
それを他者へ訴える際の「魅せ方」も身につける必要性を強く感じた。


大西さんであれば、火起、
羽生さんであれば、将棋という
他者を惹きつける、魅了する武器を備えている。
伝えたいことを知ってもらうために、惹きつける武器。

それがないことには世間も関心を持ってくれない。
武器を手に入れるために今はなにをしなければいけないのか。
という「問い」がこれからの自分への課題で、
現時点での回答は、ありきたりだが、
アウトプットを増やしていくこと。

重要性を頭で分かっていても、
なかなか手が、口が動かなくなっていた。
アウトプットの量を増やしていくことで、いつか質が高まる瞬間がくると。
今はそう信じて、日々アンテナを張り巡らせて、感じたことをアウトプットしてくこと、
その積み重ねが、やがて大きな武器を手に入れるヒントをもたらすと信じて。



WorldShiftに参加するきっかけをくれた、関学の後輩・
グランドワークで出会った藤原さん・ハガレックスの平野さん、
ありがとうございました。


2011年11月10日木曜日

「西千葉」に関わって感じたことを本当につらつらと。



最近は専ら、ゆりの木商店街にいる。

西千葉第三土曜市であり、
その関係で知り合った関係のプロジェクトに参加している。


僕の大学生活の活動軸は

・学科での活動
・政策・情報 学生交流会での活動
・ゆりの木商店街での活動

の3つに大別できる。


なぜ、ゆりの木商店街と関わることになったかと言うと、
それは大学1年の頃、大学本部に押し掛けて
「この大学で何か面白いことをやっている人はいませんか」
と強引に聞きに行ったことが発端だった。

そこで、のちに(株)プロシードジャパンを立ちあげる吉川亮さんにも出会った。


はじめは第三土曜市に参加したり、
誘われるがままにイベントについていったり、
徐々に知りあいは増えていったけど、
「居場所」だなあ、と感じるほどではなかった。

大学3年の頭に、第三土曜市を学生で運営してみないか
という誘いを受けて、第30回 政策・情報 学生交流会に
参加していた5人でスタートすることになった。


1 年目の運営は本当に手探りで、
毎月の土曜市の運営基盤をつくるだけで
あっという間に1年が過ぎたようなものだった。
それでも徐々に学生に認知されていったり、
地域の中で広がりを見せていって、
学生チームが入る前後では出店者も来場者も3倍程度の伸びをみせた。


2年目は、運営の中心は後輩に引き継ぎ、
僕自身は地域通貨に関するチームに所属し、
全体会議では、アドバイザーのような立場にいた。
1年目は我武者羅だった分、
2年目の見える景色はそれまでと異なるものだった。
年月がそうさせたのかもしれないが、「余裕」ができて初めて
積極的に動いて交流をしようとか、もっと知ろうという意識も芽生えてきた。
何より「余裕」は結束を生んだ。
1年目には少なかったメンバーと過ごすオフに時間も増えた。
この1年で、とても近い関係に、替え難い関係になった。



地域で活動することの意義は
大学生以外の方々と接することだと感じることがしばしばある。


一つは、吉川さんの存在であり、
学生同士の話し合いでは、なあなあになってしまう部分
収益性であったり、意思決定であったり、期限であったり、
継続性、団体外への影響・波及効果、行政との関連性、
その他、必要時に指摘やサポートをして下さる点で、
学生だけでやっていたプロジェクトとの違いを感じることがある。


二つ目は、地域の「目」である。

普段から商店街にいる方は、商店主が勿論多く、
人生の大先輩であり、ビジネスのプロである。
そういった方々と共に活動することで
時には厳しい叱りを受けながら、時には励まされながら
地域の方の"監視"のもと活動を行うことができている。

その中でも常々言って頂いているのは、
当たり前の挨拶ができるようになれということ。
2年ほど前は
「こんにちは」が言えずに叱られたこともある。
今では笑い話かもしれないが、
当たり前にできていると思い込んでいたものが全くできていなかった。
「こんにちは」
「ありがとう」
「ごめんなさい」
当たり前のことが当たり前にできるようになれ、というのは
言われて初めて、気付くことであり、
言われるまで全く気付かなかったことであった。


当たり前に挨拶ができて、
当たり前に会話のキャッチボールができて、
報連相ができる(どの段階でできるかが問題なのだけど)

これだけでも満たしている人材はとても貴重で希少で、
大学生のうちに、この部分で叱られてもらえたのは
今後の社会人生活にも必ず活きる経験だと確信している。



また、地域活性化のモデルという点では、
西千葉はとても資源に恵まれている。

周囲の反対を押し切って地域通貨ピーナッツや第三土曜市をスタートさせ、
明るいキャラクターで周りを巻き込むリーダーシップを持った方。
そのリーダーをサポートする地域の方々。
行政という立場から後押し・支援をしてくれる方。
大学教授の立場からアドバイスをし、協力してくれる方。
大学生という立場から地域を盛り上げる学生たち。
学生と地域を繋ぐ橋渡しをしてくれる方。
大学を卒業後、ビジネスの舞台として西千葉を選び
地域経済、地域ネットワークの構築に貢献している方。
イベントに顔を出して下さる前知事や現市長。
西千葉を拠点に全国を駆け巡る歌手。

西千葉に住んでいる方もそうでない方も
このまちを通じて、ひとに出会いまちに出会い
そんな交流が盛んに行われている風景は、
とても羨ましく、素敵な空間だと思います。

上記に加え、来春には市職員となるメンバーがいたり、
これから更に西千葉に関わっていく人が増えていくことで
今以上に西千葉の「姿」は変化していくのだろうなと考えてしまいます。

僕が卒業するころには、このアミーゴ!プロジェクトも3年目を迎えている。
これからどんなメンバーが入って、
どう変化していくのか、
直接的に見守ることはできないけれど、
密かな楽しみになることは間違いなくて、
いつか休みができて、第三土曜市に「帰る」瞬間を想像するだけでわくわくする。

そのためにも残りの時間で継続できるシステムをしっかりと残す。
引き継いでくれる新たな仲間を探す。
この二点にはできる限りのエネルギーを注ぐ決意なんです。


是非、この文章を読んだ方は西千葉に、ゆりの木に足を運んでみてください!
今年最後の第三土曜市は11月19日(土)です。


長々と乱文になってしまいましたが、
僕から以上!


西千葉第三土曜市
Twitter:dai3doyouichi

















ユニバーサル農業フェスタ



2011年9月26日月曜日

大学生「観」其の壱



大学生活の7/8を終えて、
大学生にとって何が大切なことなのか、自分なりに浮かんできた考えを
整理しながらアウトプットしていこうと思います。

経験則から導かれた解が多いのでどこまで共有できるか分かりませんが、
最後まで読んで頂けたら幸いです。


学部4年間においては、
謙虚さ積極性を身につけた上で
武器となる専門性を身につける努力をすべき
というのが自分なりの「解」です。

謙虚さとは、相手を敬い、最大限吸収しようとする姿勢だけでなく、
常に内省し、自分自身に対しても奢らないという姿勢。
積極性とは、「まだ見ぬ世界」に自ら踏み出すハードルを下げていくことと
少し意味が逸れますが、自らを前向きに後押しする力が重要かと。
(退屈なルーティーンに自ら面白さを見出すこととかですね)

両者とも根底には、
大学生は、まだ判断能力が備わっておらず不完全な存在なのだから
自分以外の存在から学びとる姿勢が必要だ、という考えがあります。


では、積極性と謙虚さをなぜ重要だと思うようになったのか。


*******************************

まず、大学生が求められることとして、
・資格を取る
・就活対策をする
・ボランティアや学生団体などの学外活動を行う
・学内・学外のネットワークを構築する
・学部活性化、学内活性化
・国際協力
・地域活性化

このようなワードが浮かび上がってきます。


これらに時間を割く上で、何を見据えながら取り組むのかが肝であって、
活動していること自体、何を意味を持たないことは、後になってから痛感した点です。


先ほども述べたように
大学生には必要な判断能力が備わっていないため
「何のために学ぶのか?」
に対して明確に答えを持っている学生はごく僅かであり、
答えを持っている多くの場合は大学での学びや資格が「職業」に直結するケースである。
1.2年生であれば尚更理解しないまま大学生活を過ごしている。

そのような状態で上記のような「活動」に汗を流していても
費用対効果は余りにも悪い。




では、何を考えながら大学生活を過ごせばよいのか?




大学生のその先にある未来。といったら余りに抽象的ですが、
「社会」に出るという点は意識をするに越したことはないように思えます。

「社会」で出るとは、ビジネスで活躍するという意味だけでなく
「まち」にでるという意味も持っていて、

社会人に必要となる思考力や知識だけでなく
「まち」に出るという点で、当たり前に挨拶ができることや
異世代の人達と人間関係を築くということも重要だと思います。

恐らく前者(社会人に必要な思考力や知識)は
就職活動を通じて、多くの「先輩」から学ぶ機会はあるはず。
しかし後者に関して、その重要性や教えてくれる人生の「先輩」方に
大学生が触れ合う機会は非常に少ないのではないでしょうか。

大学生の間に身につけておくべきは、
そういった「まち」にでるための素養であって、
そして、そのような素養を身につける上で重要なことが
最初に述べた「積極性」「謙虚さ」というのが僕の結論です。


「積極性」「謙虚さ」という点を意識しながら
異世代と触れあることで「社会」に出る準備を積む。
この機会を積んでいくことが「社会人」に必要な土台作りに大きく貢献する。


土台の部分についてはこのあたりで。
土台を踏まえて、の部分はまた後日書きます。



僕から以上!

2011年9月9日金曜日

長らくお待たせいたしました。



先ほど内定者懇親会に参加してきました。
晴れて来春から地元企業に勤めることとなりました。

就職活動をやっていたという感覚も
就職活動を終えたという感覚も
今はまだぼんやりとしていて、
社会人になるのかという漠然とした波がしばしば襲ってくるくらいです。



自身の就職活動について、拘った部分とそうでない部分がありました。

・地元で就職する。
・金融業界に進む。(こう思うようになったのは春過ぎから)

という2点は拘った部分で、あとはあまり重視していなかった。

金融業界を志望した理由は、
現時点でお客様に自信を持って提供できる財・サービス
が「お金」という回答しか用意出来なかったから、という側面が大きいです。

一時期は仕事を通じて社会貢献をしたいと思っていたこともありましたが
途中からすっかりなくなってしまったので。
仕事とは別のところで、そういった活動は探していきたいですね。


今の時点では、
地元で仕事が出来る喜びと
社会人としての素養を早く身につけたい
という思いぐらいでしょうか。

仕事をしてみないと分からない・見えてこないのが正直なところで、
恐らく苦しいことや理不尽なことは山のように訪れるでしょうが、
それらも含めて「社会」に出るということなのかなあと思います。


冷静になりすぎず、
しかし情熱的にもなりすぎず、
冷めすぎず、熱しすぎず
仕事に対して打ち込んでいきたいです。


徐々にですが、社会に出ることの「覚悟」をしていきます。



2011年8月22日月曜日

インフォーマルな地域教育



地元でいつも一緒にいる友達は、
保育園や小学校1年の頃から既に一緒にいて
保育園、小学校、中学校、高校とともに過ごし、
大学に入ってからも休みになれば大概一緒にいる、
気が置けない仲間である。
そして皆、賢くて鋭くて情報通なところも好きだ。

小さい頃から一緒にいたこの集団は
集団の中で目立つためには、周りよも秀でた一面を持っていることが
地位を確立する最短経路であって、
人が知らないことを知っている、
人が出来ないことをさらっとできる、
というのは集団におけるステータスで、
ある意味非常に排他的であった。

スポーツに詳しい奴、芸能に精通してる奴、
勉強は誰にも負けない奴、やたらと海外に詳しい奴、
暗黙的に互いにライバル視しながら
あいつには負けまいと武器を身に付けようとしていた。

それが数字として表れるものは更に顕著で
中学や高校での成績での成績はは
集団における序列を決定するのにも等しかった。

この環境は、自分の小中高を大きく左右する要因であったが
それらは親社会にも共通していたらしい。
この集団は、親同士も相当強い繋がりを持っていて、
子どもたちの成績や、塾の良し悪し、学校での素行など
一瞬にして情報共有されるから恐ろしい。
親社会においても子ども媒介として切磋琢磨される環境が整っていた。

(最近においても就職活動の状況は共有されていて
 「子ども」に聞かなくても、自分の親に聞けば友人の状況は大体把握できる)

更に友達の親も近い関係にあるので
挨拶や日常会話から、褒められることも叱られることも度々あって、
悪いことをすればすぐに噂は流布してしまうので、
見えない「監視の目」がそこかしこに働いていた。


当時は、子ども世界と親世界との相関性など考えもしていなかったが
子ども世界には見えない競争原理が存在し
それは親世界においても同様で、
親世界と子ども世界の間には監視の目が存在し、
子どもと親(家族内)においても、夕食の団欒の時間で
友達から、親仲間から手に入れた情報を共有するのは日課だった。


自分
友達
自分の親
友達の親
という四者がそれぞれに異なった機能を果たしていたと言える。
このように家庭教育とインフォーマルな地域教育がクロスするような環境で
自分自身は生まれ育ったんだなと今になって思う。

家庭教育の達成は勿論のこと、
ここでは目に見えない地域教育が特に重要な役割を果たしていたと思える。
子ども世界を形成するのは学び舎においては比較的簡単で、
親世界が形成されて、子ども世界とリンクするような関係性に持ち込むまでに時間がかかったはずだ。
そのあたりでは、うちの親はマメで、得意分野だったのかもしれない。
ひとたび形成することができれば、新たな世代が入ってきても
既存の関係性を利用することで「入っていく」ことのハードルは高くない。
子ども世界は排他的だが親世界はもう少し世界が広い。
(子ども世界の方が、いくつもの小集団に分かれている。)

更に言うと、この既存の関係性はSNSなどを通じて新たな局面を迎えており
子ども・親とも異なった別世界の形成を始めていて、
世界の拡大と、新たな世界と既存の関係性がリンクする場面もこれから増えていきそうな予感がする。


こういった魅力も、地元に帰ってくることを後押しする要因となっているのだ。

そして、昔から一緒にいた奴らが将来どこかでクロスする瞬間があったら面白い。
と想像せずにはいられない。



2011年8月15日月曜日

働くとはなにか



就職活動を行っていく中で、
「内定はゴールじゃない」
「内定をもらってからが真のスタートラインだ」
ということはよく耳にすると思う。

しかしそれが意味することについて、自分なりの解釈はできていなかった。

就職活動はめんどうくさい。
できることならやりたくない。
極力、努力はしたくない。
受ける企業は最小限で。
最小限の労力で結果をだしたい。
テクニカルな部分はある程度やれる。

それらの甘い甘い考えは、
就職活動に向けられたものであって、「働く」ことに向けられたものではなかった。
「働く」ことについての認識の甘さ、社会に出るということが持つ意味。
浅はかな僕の職業観は、初対面の人事の方にあっさりと見透かされていた。


働くとはどういうことなのか、


働くことへの「覚悟」をしないままここまでずるずるときた。
それに気付かせてくれたあの方にはとても感謝したい。
学生生活のなかで「決断」を下したときにはそれなりの覚悟をしていた。
それを別のシーンでも応用するだけの単純な作業。
ある意味では、型はまりな就活生は大きな覚悟を持って何十社も受けている。


さ、腹くくって面接に行こう。