私が大学生になって感じることは、「大学」という社会の狭さである。大学という学び舎は、高校まで存在した「学級」や「学年」といった集団は存在せず、大学生一人一人が個として存在しているため、集団に属しているという感覚はほとんど感じない。否が応にも、集団に属されていた小学校・中学校・高校とはその点で大きく異なる。一人暮らしをし、一人で授業に出ていれば、誰と関わることなしに大学生活を送ることもできてしまうという点では、塾に近い存在であると言える。このように大学生は人と関わる機会がとても少ないものである。大学という限られた社会の中で過ごした学生が、卒業後にいきなり「会社」という社会に飛び込んで、「会社」の中で馴染めないというのも無理はないだろう。大卒の新社会人の3割は入社後3年で退職・離職してしまうことの原因は、私は大学生活で関わる人間関係の狭さにも起因されると思う。
私は大学生活における人間関係の狭さを問題だと考えており、その原因と解決策をここでは探っていきたいと思う。
大学生にもなれば、年上の人からこっぴどく怒られるという経験もなかなかないであろうし、一人暮らしをしていれば親から叱られるということも以前に比べて少なくなり、高校までは、教師という存在がいたが、大学に入ってしまうと、教授は教育者というよりも研究者という側面が強くなり、学生の悪いところを正そうとまでしてくれる人は稀である。そういった言わばぬるま湯に浸った生活を4年間過ごしてしまうと、社会人になってから上司に厳しいことを少し言われてしまうだけで、すぐに投げ出してしまったり、慣れない環境に自分が存在しているだけで嫌だと感じてしまうのではないだろうか。このような現象が起きてしまう問題として考えられるのは、以下の三点である。一つ目は、大学生個人の意識が足りないこと、つまりは自己責任である。大学生活を送っているときから、社会に出ることを意識していれば、「会社」に入ってからも環境の違いに戸惑うことは少なくなるという考えが私にはある。二つ目は、大学という環境である。大学という環境は、なかなか地域に根付くことも難しく、社会から隔離されているような環境にある。千葉大学の近くに住んでいても、一度もキャンパスに入ったことがないという人も多いであろう。三つ目は、大学以外の環境である。大学生は本文は学業であるが、大学以外のコミュニティにも所属しているはずである。地元の地域であり、家族であり、友人であり、そういった人々との関わりを通じて「社会」を感じることが出来ているのかというところに問題があると感じる。
次に問題の原因を探っていこうと思う。一つ目の、大学生個人については、自己責任だろ押しつけるより、個人が育った環境に大きな要因があると感じる。子どもの頃から、多くの世代の人と関わる機会のあった人は、大学生になってからも異世代の人と交流することも苦にしないが、同世代の人としか関わりがなかった人がいきなり大人の中に飛び込んでいっても、すぐに打ち解けられないことは仕方がないと思われる。したがって、大学生個人の問題と言っても、すべてその人に責任があるとは言い切れず、むしろ、その人が育ってきた環境に左右されると思う。次に二つ目の、大学という環境についてである。これは、大学に問題があるとされても、大学という組織が非常に巨大であるため、改善するには時間を要する。大学はそもそも研究機関という面も強く、千葉大学の学部生だけでも1万人もいるため、学生一人一人にまで気を配るのは非常に困難であり、研究・教育以外に時間とお金をかけることも簡単ではない。したがって問題の原因をすべて大学に押しつけるのはお門違いである。最後に三つ目の、大学以外の環境についてである。大学以外の環境で大学生を受け入れてくれるコミュニティが存在すれば、大学生が社会と触れる機会も増えるだろう。そういったコミュニティは多数存在するはずであるが、大学生側も自分からは飛び込んでいかないし、コミュニティ側も積極的に呼び込むということはできていない。両者だけでは、互いに歩み寄ることが難しいというのが現状ではないだろうか。
では、大学生が社会を感じる機会を増やすにはどういったことをすれば良いだろうか。引き続き3つの視点で考えていきたいと思う。
まず大学生個人についてである。先ほども触れたが、これは大学生一人一人に警鐘をならしたところで、問題解決にすぐ繋がるというものではない。望ましい解決方法としては、大学生個人が意識せずとも社会に触れているという環境を周囲が作り出すという点が重要になってくると思う大学生に社会に出るように促すのではなく、大学生が自然と社会に出ているという状況を作り出すことである。したがって具体的な解決策は、あとの二つの視点から生み出されることになる。二つ目の、大学という環境についてである。現在、大学が学生に対して提供できているものは、授業以外では施設などのハード面が非常に多いように感じられる。就職相談や生活相談といったソフト面も提供してくれているが、学生に浸透しているかと言われたらまだまだである。これは個人的な話になってしまうが、1年の冬に私がどういった学生団体が千葉大学にはあるか調べようとして大学本部を訪れたとき、大学に吉川亮さんを紹介して頂いたという経緯がある。やってきた学生に対してはとても丁寧に対応してくれるので、自分一人で行き詰っている学生がいるなら相談をすれば良い手助けになると思った。このように学生にとって手助けとなる場所があるにもかかわらず、認知されていないので、大学側から学生に対して今以上に呼び掛けていけば、救われる学生もいると思う。最後に三つ目の大学以外の環境である。具体的な環境としては、アルバイト、地域、インターン、家族、友人、学生団体、NPOなどが思いつく。多くの人にとって身近なものはアルバイトだろう。アルバイトを通じて社会経験を積むことは、社会に出てからも活きていくだろうし、接客業のように多くの人と接する機会をつくることは、狭い世界で生きている大学生にとって重要なことであると思う。しかし、アルバイトだけでは、従業員と客、従業員同士といった限られた関係にとどまってしまうので、そこから更に人間関係が発展していけばより望ましい。私自身は、居酒屋でアルバイトをしており、普段の業務以外にも店舗ミーティングに参加させてもらうことで、本社の人と話をすることができたり、一緒に企画を考えることが出来て、アルバイトの業務以外でも貴重な経験をさせてもらっている。地域についても、千葉大学の近くには西千葉地域という非常に活発なコミュニティがある。こういった地域資源が大学生にもたらす影響はとても大きい。大学という環境の中だけで生活しているだけでは、得られない経験ができるからである。地域の人々との交流を通じて、「会社」に入る前から「社会」に出ていれば、その経験は“大人”によって構成されている「会社」に入っても活きてくると思う。他にも、NPOやインターンなど、“大人”と接することができる機会は存在する。企業インターンの場合、大学3年生になってから就職活動のために行う学生が多いが、就職活動のためのインターンというより、社会経験の一貫として1年生や2年生の頃からインターンをするということも大学生にとって重要であるだろう。
大学の外に出れば社会に触れる環境はいくらでもあるが、学生が自らそういった環境に入っていくことを要求するのは難しい。得意な人もいれば苦手な人もいるだろう。そこで私が重要だと考えるのは、大学生と社会をつなぐ連結役である。教授やOB、といった大学生に近い存在の人、が大学生を巻き込んでいったり、大学生のうち、既に社会に触れる機会の多い人が同じ大学生をその場に呼び込む、といった試みがもっと盛んに行われていけば、より多くの学生が社会経験をすることができ、大学生にとっても社会にとっても有益なものになると思う。意識の高い学生が、自分のまわりにいる学生を巻き込むことによって、その輪を広げていくことができれば、それも一つの社会貢献のかたちになり、そうした輪を広げていくことで、大学生の社会進出が促されれば、人生前半の社会保障にも寄与でき、コミュニティ形成の一助となると私は考える。
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