最近のマイブームです。
何かにつけて、薄っぺらい人生哲学だなーと自分を納得させるのが。
個人の発信する機会が増えてくると、
(自分が目にする発信者の多くが同世代だからか)
今までの自分の人生を振り返って、法則性や真理(⇒人生哲学)
みたいなものを導き出そうとする光景をよく見かける。
Twitterが一気にそれを助長させた。
メールやmixiという媒体で「それ」は余り見られなかった。
たかが20くらいの人間が人生を知ったような顔をするのことに嫌悪感を覚えてしまうんだろうな。
(ほっとけば良いじゃんと言われたら、本当にそれまでなのだが。)
それはきっと小学生の頃、男子って餓鬼ね。と遠目で眺めていた“ませた”女子のように。
自活していない、仕送りや奨学金をもらって生活している人なんて、
大人からしたら、母乳吸って生きてる赤ん坊と変わんねえよ。と一蹴されてしまいそうだ。
そんな「子ども」が知ったような口を聞くんじゃねえ。
そんなことを親切に教えてくれる大人も少ない訳で。
薄っぺらい人生哲学など通用しない瞬間が実社会で訪れるだろうし。
働いていない身分であるうちは、
どこかにその意識をもっていなくてはいけないと思う。
自分は働けていない身分なのだと。
こんなことを書いてるときは特に精神的にひねくれてるとき。
あと、この文章の欠点は、この文章自体が薄っぺらい人生哲学に基づいていることでしょうか。
そんな葛藤に日々悶々としながら、もしかしたら、
今が人生で一番大人になりたいと思っているかもしれないです。
だったら就活しろよ、と、あちこちから聞こえてきそうです。
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